名劇SSブログ

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フレンズビスケット 第九章:それから ※軽いものですが百合表現が入っております。





ご訪問、そして拍手ありがとうございます! はい、今回も百合小説をやっていきましょう。今回は軽い百合表現となっておりますが、ご注意ください。

それではどうぞ。







  第九章 それから


 本格的な冬が始まった十二月のこと。クリスマスを控えた商店街にはイルミネーションが瞬き、所々に飾られたクリスマスツリーが人々の目を楽しませていました。
 そんな中、町外れにある文化会館で、あるイベントが開かれていました。その会場に人々が集まり、外の寒さを吹き飛ばすほどの熱気に包まれていました。
 その会場の中に、涼子と昭乃の姿がありました。そう、そのイベントとは、この町で初めて開かれる、フレンズビスケットのオンリーイベントでした。同人誌もイラストも、コスプレも、全てフレンズビスケットで統一されたイベントです。
 涼子も昭乃も、そのイベントを心から楽しんでいました。
「外とは違って、ここは暑いわねえ~」と、顔を手で仰ぐ涼子。
「そうねえ…、こんな田舎にまさか…こんなに人が来るなんて思ってもみなかったわ?」と、昭乃も手で顔を仰いでいました。
「ホッカイロ要らなかったわねぇ…」
 昭乃はスカートをパタパタと揺らしながら、涼子に視線を向けます。
「そうよねえ、更衣室で取っちゃおう?」
「うん」
 二人は施設側が用意した簡易更衣室へと向かうと、そこで互いの衣装からホッカイロを取り出しました。
昭乃が、「ねえ…どうする? このホッカイロ…」と、衣装の上着とスカートをめくりながら、その内側にあるポケットからホッカイロを取り出していました。
それをじっと見つめる涼子。昭乃はその視線に気付くと、手に持っているホッカイロで彼女の両頬を挟むようにして押しつぶしました。
「にゃにふんのよ~(なにすんのよ~)」
「なに見てんのよ~」
「だってぇ…なんかその…、イケナイところを見てるみたいで…」
「バカっ」
 二人は会場へと戻ると、涼子はイベントの係員をやっている女性を見つけ、「このホッカイロどこに捨てればいいですか?」と問いかけました。
「あ、じゃあこちらで預かりますので」と、その女性が手を差し出し、ホッカイロを渡すと、二人は元のスペースへと戻っていきました。
 午前中の撮影も終わり、涼子は昭乃に、「ねえねえ、何か食べようよ~」と話しました。
「そうねえ…、お腹空いたわね。それじゃあ、屋台の方に行きましょうか」
 二人は施設の外にある屋台へと向かいました。そこに並んでいる屋台は全て、昭乃の両親の会社が所有する屋台でした。
 昭乃はその屋台の、のれんに描かれている会社のマークをチラッと見ると、「何を食べようか?」と問いかけました。
「そうねえ…、ねえ昭乃? これってさ…昭乃んちの会社の…屋台だよね?」
「え? ええ…」
「う~ん…、自販機のパンにする?」
「…どうして?」
「だって、その方が安いし、節約しないと…。高校を卒業して…大学に入ったら、二人で暮らすんだからさ」
「涼子…そうね…。でも…屋台ので済ませましょう?」
「昭乃…」
「イベントに行く度に逃げてたら…楽しくないもん…。嫌でもこの先ずっと、この会社のマークを見ることになるんだから…」
「…うん、そうね、そうしましょうか」
 二人はその屋台で、肉まんとペットボトルのコーヒーを買いました。するとその時、涼子が何かを見つけ、昭乃に声をかけます。
「ねえねえ昭乃! 見て見て!」と、指をさしたところに、「新商品!」と書かれたポップがありました。そして、その棚にはなんと、フレンズビスケットに登場するビスケットが売られていたのです。
 それは、お菓子メーカーがアニメとコラボして販売している商品で、涼子達が住む地域では初めて見る商品でした。
「全然見かけないから諦めてたよ~」と、瞳を潤ませながら大喜びする涼子。早速二つ買い、昭乃に手渡しました。
「はい、昭乃」
「ありがとう涼子。えっと…」
「いいよいいよ、気にしないで? これは私のおごり♪」
「いいの?」
「うんっ。向こう行って食べよ?」
 二人は一緒に、その施設の裏側にある休憩所へと向かい、そこのテーブルで食事を楽しみました。
 そこにはイベントとは無関係の人も、それぞれでお昼の時間を過ごしていました。
「なんかここだけ別空間ね…」と呟く涼子。
「そうねぇ…、なんか不思議…」と、昭乃も同様に呟きます。そして、話題はイベントのことへと移っていきました。
「そういえばさ昭乃、撮影してるとき、小っちゃい女の子が居たね?」
「ええ、私達に手を振ってくれたわね? でも…イベントに来た雰囲気でもなかったわね」
「うん…、ここの二階でやってる…絵のコンクールかな…?」
「たぶんそうだと思う」
 その施設では、フレンズビスケットのイベントと同日に、小学生を対象とした絵のコンクールが開かれていました。
「きっと、可愛い子達ばっかよね~」
「涼子が言うとシャレにならないから怖いわね…」
「何よそれ~。そりゃあ確かに…女の子は大好きだけどさ…そういう趣味はないよっ」
「ふ~ん…」
 疑いの目を向ける昭乃に、涼子はぷいっとそっぽを向くと、手に持っていた肉まんを口いっぱいに頬張りました。
 するとその時です。一人の、女の子が歩み寄て来ると、「さっきのラビちゃんとシャムちゃんだ!」と、二人を指差したのです。
 涼子と昭乃は互いに目を丸くし、その顔を見合わせると、その女の子に視線を向けました。女の子は二人に笑顔を向けると、「握手してください!」と、手を伸ばしてきたのです。
「ええと…」と、涼子は昭乃に顔を向けると、互いに頷き、おしぼりで手を拭くと、その子と握手をしました。
「小さい手ねえ…」と、涼子はその手に目を丸くすると、「何年生?」と問いかけます。
「三年生です!」
「そっか~、ってことは…?」
「九歳になったばかりです」
「へ~…」
 涼子がその子の手を握っていると、昭乃が「いつまで握ってんのよ」と、肘で涼子の脇をつつきました。
「あっ…ごめんね? あはははは」
「まったくもう…」と、昭乃は頬を膨らませると、女の子に「フレビス好きなの?」と問いかけました。
「はい! お父さんが観てるのを見て、好きになりました!」
「そ…そう…。それでぇ…どの子が好きなの?」
「シャムちゃん!」
「そっか~、ありがとう。なんていうお名前?」
「リカっていいます!」
「そっか、ありがとうリカちゃん」
「えへへ~。それでそのぉ…えっと…、写真いいですか?」
 リカという女の子の言葉に、二人は顔を見合わせると少し悩みました。
涼子は「撮影スペースじゃないし…」と悩み、昭乃も「そうよねぇ…」と、難しい顔をしました。しかし、リカの不安そうな表情を見ると、二人は互いに頷き、その撮影に応じました。
 リカは手招きで母親を呼ぶと、「写真撮って!」とせがみます。その母親は「すみませんこの子が…」と、頭を下げるも、涼子は「大丈夫ですよ?」と笑顔を見せました。
 そして、リカと涼子、昭乃の三人で写真を撮り、写真を送ると言うので連絡先を交換すると、リカは母親と一緒に笑顔で手を振りながら、その場で別れました。
「可愛い子だったわね~…手がもう…ぷにぷにしてて…」
「涼子…、鼻の下…床についてるわよ?」
「そんなに伸びてないよっ」
 やがて食事も終わり、二人はコスプレスペースへと戻っていきました。
 午前中より落ち着いてきたのか、人も少なく感じ、同人誌の売り場も人がまばらでした。
「なんかさっきより少ないねえ…」と、その会場内を見渡す涼子。
「そうねぇ…、ひょっとして、絵のコンクールの人達も居たのかしら?」と、昭乃もその会場内を見渡していました。
「そうかも…、それか…バスの時間?」
「それもあるかもね? 一時間に一本じゃ…大変よ…」
「そうよねえ…、お父ちゃんにお迎え頼んどけば良かったかな…」
「お店どうすんのよ…」
「そうだけどさ…。でも私たちが帰る頃…バスの時間大丈夫かなぁ…」
「そうよね…、来た時にバス停の時刻表をチラッと見たけど…、四時過ぎると極端に少なくなってた気がする」
「ホント⁉ それはマズイわね…」
「そうねぇ…」
「まあでも、今はイベントに集中しましょう? 今日は昭乃のデビューの日だしね?」
「も~…なんでそういう恥ずかしいこと言うかなぁ…」
「デビューはデビューじゃない、ねっ? さあさあ、今度は同人誌を見に行きましょう?」
「もう…涼子ったら…」
 二人は一旦、更衣室へと戻ると、ロッカーのスーツケースからスケッチブックを取り出し、その同人誌売り場のスペースへと向かいました。
 そのスペースを色々と見ながら歩く二人。すると、その二人に「こんにちは~!」と、元気な挨拶が聞こえてきました。その声に顔を向けると、そこにはなんと、前のイベントで会った売り子の女の子が居たのでした。
 二人は手を振りながら笑顔で歩み寄り、「お久しぶりです~!」と、互いに再会を喜び合っていました。
「え~! なんでこんなところに~⁉」と、声を上げる涼子。
「フレビスオンリーなので、来ちゃいました~!」と、笑顔を見せる女の子。
その女の子は「新刊はないですけど、新しい缶バッジと、色紙がありますよ!」と、地震で製作したグッズを紹介しました。
缶バッジはラビちゃんとシャム子、ほかはゲストキャラが数名。色紙の方はというと、ゲストキャラがそれぞれ一枚ずつありました。
 その色紙を見て涼子は、「ラビちゃんとシャムちゃんは?」と問いかけます。
「売れてしまったんですよ~、ごめんなさい!」
「え~…そんなぁ…」
 肩を落とす涼子に、昭乃は「ここでも人気だって分かって、良いじゃない?」と微笑みます。
「それはそうだけど…。じゃあ…、前に買いそびれた同人誌と、缶バッジを買おうかな?」
「ありがとうございます!」
 涼子はその缶バッジに手を伸ばすと、「あっ!」と、その手を止めました。
「どうしたの涼子…」
「これ! この子! このキャラ! 可愛い!」と、涼子はその缶バッジを見せました。そして女の子に、「ねえねえ、この子は?」と問いかけます。
「この子はですね、先週出てきた子で、あまりにも可愛いから急いで作ったんですよ~」
「な…なんですと⁉」と驚く涼子。無理もありません、涼子達の地域では一週遅れで、その女の子が住んでいるところとは、物語の進行が遅れていたのです。
「そっかぁ…こんなかわいい子が出てくるんだ…。えっと…名前は…、おかめちゃん? インコの女の子なんだね~」
 涼子の言葉に、女の子は「そうなんですよ~」と頷きました。
 そのキャラクターは、小さな女の子の姿をしており、虹色のパーカーと、黒いミニスカート、そして、髪は三つ編みで、赤色をしており、くりんとした可愛らしい黒い瞳に、赤丸ほっぺという、大変可愛らしい姿をしていました。
 涼子はその缶バッジを昭乃にも見せると、「可愛いわね~」と微笑み、二人はその缶バッジを購入しました。
 涼子は同人誌と、ラビちゃんとおかめちゃんの缶バッジを。昭乃は、シャム子とおかめちゃんの缶バッジ、そして、イラストが描かれた色紙を購入しました。
二人は女の子にスケッチブックを渡すと、「お願いします」と頭を下げ、会場の中を散策に向かいます。
 その途中、涼子は昭乃に、「ねえねえ、色紙見せて?」と話しかけます。
「ええ、いいわよ?」と、昭乃は購入した色紙を涼子に見せました。
「この子も可愛かったわよね~」と、その描かれたキャラクターを見て、頬を緩ませる涼子。
 そこには、ラビちゃんと同じ、真っ白な衣装を着たウサギの女の子が描かれていました。
「しらたまちゃん…可愛かったなぁ…。もう出てこないのかなぁ…」と、その色紙を悲しそうに見つめる涼子。
 しらたまちゃんというキャラクターは、ラビちゃんと同じウサギの女の子で、同じ村に住んでしました。村の幼稚園に通い、ラビちゃんがいつも送り迎えをしていた、お隣に住む女の子です。
 最初の一話、それも前半の数分だけ、その姿が映っただけのキャラクターでしたが、主に、大人の男性に絶大な人気を誇っていました。
 その色紙を見てニヤニヤする涼子に、昭乃は「コホン」と咳ばらいをすると、「変な顔して見ないでよ」と頬を膨らませます。
 そんな昭乃に涼子は色紙を返すと、にんまりと微笑み、「おやおやシャムちゃん、ヤキモチですかな?」と、肘でつつく仕草をします。
「バカねえ、そんなんじゃないわよ。みんなが見てるのに…恥ずかしいじゃない…」
「誰も見てないわよ~」
「そういう意味じゃなくて…もうっ、知らないっ」
 昭乃は涼子にそっぽを向くと、色紙を抱え、スタスタと歩いて行ってしまいました。涼子はそれを追いかけ、「ごめ~ん」と苦笑いをすると、昭乃は笑顔を向けました。
 それから少しして、売り子の女の子のところへと戻ると、スケッチブックを受け取り、再会を約束して、互いに手を振って別れました。
 二人は館内にある時計の時間を見ると、「そろそろ帰った方が良いかも…」という涼子の言葉で、更衣室へと戻りました。
 前のイベントとは違い、人も少なく、すぐに着替えることが出来ました。着替えを終え、二人はその施設の前にあるバス停へと向かいます。
 時間は午後の三時前。そのバス停の時刻表を見ると、なんと、三時台のバスは一本もありませんでした。
「うそ~」と同時に声を上げる涼子と昭乃。二人は仕方なく施設に戻ると、二階で開かれている絵のコンクールへと向かいました。
「無料で入れるって?」と、涼子は昭乃に顔を向けると、受付を済ませ、二人はその会場内へと入っていきました。
「わ~っ♪ 可愛い絵がたくさんあるね!」
 涼子はその会場内に飾られている絵を見て、瞳を輝かせます。
「本当ね~。動物園の絵とか…家族の似顔絵とか、色々とあるわね」
「ねえねえ昭乃、あれ見てよ~。可愛いワンちゃん」
「ホントだ。でも涼子? 犬派だったっけ?」
「絵に猫派も犬派もないよ~。私も何か描きたくなっちゃうなぁ~」
「そうよね~。私は下手だから描けないけど…」
「そうなの? …見たことないから分からないけど…。でもさ、それがその人の絵なんだから、上手でも下手ってことはないと思うけど…」
「そ…そう言ってくれるのはありがたいんだけど…、本当に駄目なのよ…」
「そうなんだ…。今度見てみたいな~、昭乃が描いたイラスト」
「えぇぇ…、それはちょっと…」
「いいじゃない、私だけが見るんだからさ」
「…じゃあ…、帰ったらね…」
「わーい、やったー」
 二人はその会場内を一通り見回り、会場の外にある屋台へと再び足を運びました。
「あ、まだフレビスのビスケット売ってるよ? お土産に買ってこうか?」
 涼子はその屋台を指さすと、昭乃に笑顔を向けました。昭乃も涼子に微笑むと、「そうね」と頷きます。
 その屋台でビスケットを買い、バス停へと向かうと、もう既に列ができていました。その列に並び、時折吹く冷たい風に「寒いね~」と互いに微笑みながら、二人の時間を楽しんでいました。

 二人が町に到着する頃には、陽はすっかりと暮れ、夕闇の澄んだ空気に、どこかの家の夕食の香りが漂っていました。
 二人はその中を、お腹を鳴らしながら歩くと、二人がおっちゃんの店と呼ぶラーメン屋、宮田食堂へと向かいました。
カウンターに座り、「それじゃあ…」とメニューを眺める涼子。
「味噌ラーメンのチャーシュー熱盛りで!」と店主に注文すると、昭乃も同じものを頼みました。
「へいお待ち!」と出されるラーメン。二人は割り箸を持つと、「いただきまーす!」と元気に頬張ります。
 涼子が麺をすすっている横で、昭乃は調味料に手を伸ばすと、七味をたっぷりとふりかけました。
「辛くない?」と首を傾げる涼子。
「辛い方が良いのよ」と、昭乃は微笑むと、麺を七味まみれのスープに絡めて、一気に頬張りました。
 箸を止めることなく、麺を頬張る昭乃。その額に浮かぶ汗が、ラーメンの辛さを物語っていました。
 スープを飲み、どんぶりをドンと置くと、手を合わせて「ごちそうさま」と言いました。
 涼子も食べ終わり、お金を払うと、店を後にします。そして、二人で一緒に昭乃の家へと向かいました。
「帰らなくていいの?」と問いかける昭乃。
「うん。遅くなるかも~とは言っといた」
 涼子はあっけらかんとして答えると、「辛いの平気だったの?」と問いかけます。
「ええ。あのラーメンは辛い方が美味しいのよ。今度やってみる?」
「いやぁ…遠慮しておきます…。でもそっか…辛いの好きなんだね? 初めて知ったよ~」
「平気っていうか…そうねえ…、ワサビみたいに、鼻にツンとくるのは嫌だけど、唐辛子とか、そういうのは大丈夫。限度はあるけど」
「そうなんだ。じゃあ今度、何か辛い物でも作るね?」
「そんなぁ…いいわよ別に…。涼子が駄目なら無理しなくても良いわよ?」
「そう? じゃあ…何か温かいものでも…、そうだ、鍋にしよう? 鍋パーティー」
「良いわね、じゃあ今度の週末にでも、一緒にやりましょうか」
「うん!」
 二人は笑顔でお喋りしながら、その時間を大切に過ごしていました。
 家に着くと、昭乃はお風呂を沸かし、涼子は部屋で荷物の整理をしていました。二人のコスプレ衣装に除菌スプレーをし、それをハンガーに吊るすと、今度はグッズを眺めて頬を緩ませていました。
 すると、部屋がノックされ、「お風呂の準備できたけど~?」と、昭乃が部屋に入ってきました。
「ホント? 入る入る~」
「別に良いけどさぁ…本当に帰らなくても良いの?」
「あぁ…そっか…」
 昭乃が涼子に腕時計を見せると、時間はもう夜の九時をとっくに過ぎていました。
「じゃあもう帰るよ。昭乃の衣装にもスプレーしといたからね?」
「ありがとう。そうだ、涼子の衣装も洗ってあげようか?」
「え~? いいよそんなの~。普通に洗えるように作ってると言っても、結構な手間だし」
「そう? じゃあ…玄関まで送るわね?」
「ありがとう」
 昭乃は涼子を玄関まで送ると、涼子は昭乃に微笑み、「今日はありがとう、楽しかった」と、昭乃の頬にキスをしました。
「えへへっ、それじゃあね?」
 玄関のドアを開け、昭乃に小さく手を振る涼子。互いに微笑むと、涼子は自分の家へと向かいました。
 涼子が家に帰ると、母親の春子が出迎えてくれました。
「ただいまお母ちゃん」
「はいお帰り。寒かったでしょう? お風呂入っちゃいな?」
「は~い」
「あぁ…涼子?」
「うん? なあに?」
「後でちょっと話しがあるから…居間に来てくれないかい?」
「うん…良いけど…」
 涼子は部屋に荷物を置くと、お風呂場へと向かいました。そして、お風呂を済ませると、居間へと向かったのです。
 そこには春子と義男が座っていました。涼子もそこに座ると、「話しってなあに?」と、二人に問いかけます。
 春子が義男に視線を移すと、義男は黙って頷き、春子が涼子に話を切り出しました。
「あのねえ…、ご近所さんから聞いたんだけどねえ…」
 ご近所の噂。涼子はその言葉を聞いて、胸の鼓動が早くなったのを感じました。
「う…噂って…なに…?」
 涼子は震える唇をなんとか動かし、春子にそう問いかけます。
「ええと…。昭乃ちゃんのご両親…、猫田さんのことなんだけどねえ…」
 その言葉を聞き、涼子の表情は自然と緩みました。しかし、昭乃の両親のことと聞いて、再び表情を引き締めます。
「なんでも…、離婚するっていう噂があるんだよ…」
「ええっ? …でも…なんで…?」
「ええ…。猫田さんのおうちの、向かいの人がね、見ちゃったらしいんだよ…、昭乃ちゃんのお母さんが…浮気してるところを…」
 涼子はその時、唖然とした表情をしました。それをよそに話しを続ける春子。しかし、その話しは昭乃の母親だけの話しではありませんでした。
「それでねえ…、そのお向かいさんが言うには、昭乃ちゃんのお父さんもね…、知らない女性を家に入れてたって言うんだから…信じられない話しだよねぇ…」
 春子の言葉に、涼子は愕然としました。もう涼子の心はその話しについていけず、春子に「もうやめてよ!」と声を上げました。
 義男も、「そういう話しをしに呼んだんじゃないだろう」と、春子を一喝します。
「あら…ごめんなさい…」
 春子は涼子に申し訳なさそうにすると、「ごめんね?」と微笑み、言葉を続けます。
「それでねえ涼子、昭乃ちゃんに何かあったら、あんたが支えてあげなきゃ駄目だよ?」
「お母ちゃん…」
「私にも、お父ちゃんにも、何かあったら遠慮なく相談しなさい?」
 涼子はその言葉に、「うん…分かった」と返事をすると、部屋へと戻っていきました。
 涼子は、ラビちゃんが描かれたクッションを抱きかかえると、ぺたんと座り、壁を背もたれにして大きく溜め息を吐きました。
「は~ぁ…、昭乃が知ったらショックだろうなぁ…。どうしよう…ラビちゃん…」
 そのクッションを抱きしめ、昭乃を想いながら、涼子はその夜を過ごしました。
 そして、何事もなく平穏な日々が過ぎ、やがて新しい年を迎えました。涼子は昭乃と一緒に、近所にある小さな神社で初詣を済ませると、昭乃の家へと向かいます。
「昭乃の家で新年を過ごすのは初めてだね?」
「そうねぇ、でもいいの涼子? 挨拶回りとかあるんじゃない?」
「う~ん…小さい頃は行ってたけどねぇ、親戚の子も年が離れてるし、色々とね…」
「そうなの?」
「うん…。親戚のお兄さんと、お姉さんが居るんだけど…、お兄さんはちょっと…アレな人だから…」
「アレな人?」
「うん…ちょっとね、言えない事情がありまして…あはは…」
「あぁ…なるほど…」
「お姉さんもねぇ…、ウェ~イとか…そんな人だし…、ついていけなくて…」
 涼子は昭乃に苦笑いをすると、昭乃もまた、涼子に微笑みました。
 その家に着くと、昭乃は涼子を自分の部屋へと迎えます。
「ゲーム出しといたから、やらない?」
「いいの? やるやるー!」
 涼子は笑顔でそのゲームに飛びつきます。昭乃は二人で楽しめるゲームをということで、協力プレイが出来るパズルゲームを選びました。
 その部屋に二人の笑い声が溢れる一方、その家では少しずつですが、確実な変化が起きていたのです。昭乃の両親の私物が、少しずつですが減っていたのでした。
 その寂しさとは裏腹に、昭乃は幸せそうな笑顔を涼子に見せていました。
 ゲームを楽しみ、おやつを食べる二人。涼子はココアを飲みながら、昭乃に「ちょっと考えてることがあるんだけど…」と、話しを切り出します。
「考えてること? なあに?」
「うん…。私達のこと…、お父ちゃんとお母ちゃんに話した方が良いのかなって…」
「え…?」
「だって…、昭乃も知ってると思うけど…、ご近所の噂って怖いじゃない…」
「うん…」
「私ね…、お母ちゃんから…聞いたんだ…、昭乃のお父さんのこと…」
「ええ…知ってる…、あの噂でしょう?」
「知ってたの…?」
「ええ。向かいの人と…誰かが話してるのをそこで聞いたから…。だから…お父さんに聞いたの、メールで。そしたらね、返事がなかったの…。私はそのとき…あぁ…そうなんだって思ったわ…。それ以来よ…、二人が頻繁に出入りして、私のことを見向きもせず…荷物を持ち出して…。お母さんなんか…、新しい大きなクルマで…荷物を持って行ったわ…」
「そうなんだ…。じゃあ…引っ越すの…?」
「分からない…、何も聞いてないもの…」
「そう…」
「…でも…、涼子がおじ様とおば様に話したいって言うなら…、一緒に話そう?」
「昭乃…」
「変に噂されると…嫌だもんね?」
「うん、ありがとう、昭乃…」
 涼子は小さく、恥ずかしそうに微笑むと、ココアを一口すすりました。
 その時間も終わり、後片付けをしていると、涼子は昭乃に「今日は来るの?」と問いかけます。
「うん? お父さんとお母さん?」
「うん…」
「どうだろ…、来るときメールしてくるから…来ないと思う…」
「そうなの? メールって…」
「そうなのよ…、もうホント…面倒なのよね…。たぶんお互いに顔を合わせたくないんでしょう? 来てるか来てないか…聞いてくるのよ…」
「そうなんだ…。なんか…寂しいね…」
「…ええ…。ねえ涼子、これからどこか遊びに行かない?」
「うん、いいよ? どこ行く?」
「そうねえ…、町とは反対の方…、山の方に行きたいな…。どこも混んでるから」
「そうね~、そうしましょうか。綺麗な景色を見て、ゆっくりと過ごしたいね」
「うん」
 後片付けを済ませると、二人は出かける準備を整えて、バス停へと向かいました。
 バスを乗り継ぐこと数時間、町の外れ、遠くには山々と、周囲には田んぼが広がる景色の中、その自然公園はありました。二人はそこで、売店で売られている焼き芋を頬張りながら、ベンチに座ってゆっくりと、その景色を見て過ごしました。
「ねえ昭乃?」
「うん? なあに? …涼子」
「こうして…、ずっと二人で…ゆっくりと…、暮らしたいね…」
「そうね…、暮らせると…良いわね…」
 二人は手を繋ぎ、互いに微笑むと、その焼き芋の味と景色を楽しんでいました。
 しかし、そんな二人の願いも虚しく、二年生が終わると同時に、昭乃は父親と二人で、東京へと引っ越すことになったのです。

 その最後の夜を一緒に過ごし、互いの気持ちと感情を確かめ合った二人。共に三年生に上がり、春を迎え、一緒に卒業すると信じていた涼子の胸に、悲しさと虚しさが溢れていました。
 涼子が三年に上がったその数か月後、二人は意外な再会を果たすのでした。それは一通の手紙から始まったのです。
 ある日のこと、涼子はいつも通り、学校から帰ってくると、お店の手伝いをしていました。するとそのとき、春子が涼子のところへと手紙を持ってきたのです。
「これ、あんた宛だけど…」と、その手紙を渡す春子。
「手紙?」と、涼子は首を傾げながら、その手紙を受け取りました。
 涼子は春子に後を任せ、自分の部屋へと向かいました。そこでその手紙を読む涼子。そこにはイベントの時に撮った、コスプレをした涼子と昭乃の写真が同封されていました。
「あぁ~…あの時の人かぁ~。そういえば…写真を送るからって、連絡先を教えたんだっけ…。でも…写真はもう送ってもらったけどなぁ…」
 涼子は首を傾げると、その手紙を読み進めました。
「ええっと…、拝啓…お元気にお過ごしでしょうか…」
 その手紙にはこう書かれていました。イベントで撮った写真をSNSでアップしたところ、予想外の反響があり、なんと、フレビスの声優さんや、アニメのスタッフからも反響を頂いたとのこと。そして、そのスタッフから連絡があり、イベントに参加してもらえないかという、そんな話を頂いたことが書かれていました。
「へ~…凄いなぁ…我ながら…。いや…ええでも…待って? イベントに参加って…どういうこと? ええ~…ちょっと待ってよ…」
 涼子はとりあえず、その手紙に記されている電話番号にかけてみました。
 少し呼び出し音が鳴った後、「はい」と、女性がその電話に出ました。
「あの、お手紙を頂いた宇佐美 涼子という者ですけれども…」
「ああ~、はいはい、先日はお世話になりました~。突然手紙を送ってしまって、申し訳ございません」
「いえいえ…」
「それでその、もうお一方のお嬢さんにも送ったのですが…返ってきてしまって…」
「あぁ…、昭乃は引っ越してしまったので…」
「あら…そうだったんですかぁ…」
「えっと…それでその…、手紙を読んだんですけども…、イベントって…」
「ええ、それがですねぇ…、その会社の方が仰るには…、お二人に、今度開かれるイベントのスタッフとして雇いたいと…、そう仰っていまして…」
「そ…ええっ⁉ いやそんな…ええっと…えぇぇぇ~…?」
「それでですね、ご連絡先などを知りたいということなのですけども…」
 涼子は暫くの間、放心状態でその話を聞いていました。その女性の「もしもし?」という声にハッとすると、「は…はいっ!」と返事をし、その話を続けて聞きます。
「それでその、ご連絡先をということなので、そちらから会社の方にご連絡をして頂けないでしょうか?」
「え? えぇ…はいっ、分かりました。それでその…連絡先は…」
 涼子はその会社の電話番号と、担当者の名前をメモすると、「それでは…」と電話を切り、早速そのことを昭乃に電話しました。
「…あぁ昭乃? うん…元気、えへへぇ…。えっと…あのね?」
 涼子はその話を昭乃にすると、昭乃は少々疑ったものの、連絡することに同意しました。
「でも涼子? 慎重にね? 最近変な事件多いから…」
「うん、分かったよ昭乃。それじゃあ…えっと…、いつ…会えるのかな…」
「う~ん…、分かんない…。お小遣いは…食事代だけだし…。バイトもね…させてもらえないのよ…」
「そう…、私もお手伝いしてるけど…お小遣い…あまり増えないから…」
「うん…。でも、衣装はいつでも出せるように…綺麗にしてるから…」
「私も…、また一緒に…、フレビスのコス…しようね…」
「うん…それじゃあ…。大好きだよ、涼子…」
「うん、私も…大好きだよ、昭乃…。」
 涼子はその携帯電話を愛おしそうに見つめると、電話を切り、そっと胸に抱き締めたのでした。






続く

 一次創作置き場

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